カテゴリ:日常( 95 )

九月のある日。

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日照不足である。
植物にしてもそうだろうし、自分にも物足りない。
このまま秋になる事に、駄駄をこねたくなる。

「物足りな〜い!」と手足をばたつかせていると、
友人夫婦が「時間ですよ!」と語りかけてくる。

そうだ、今日は彼らが始めるお店の初日だった。
そうだった。

星を頼りに、二人でパドルを漕ぎ始める。
どこに向かって、行くのかな?

でも、隙だらけの二人だからこそ、魅力的な場所になると思う。
遊びに行くよ、おめでとう。

2015・9・2









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by 17444432 | 2015-09-02 21:13 | 日常 | Trackback | Comments(0)

八月のある日。

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夕方、散歩にでる。
歩いたり、走ったり、空を見上げたり。

何を考えるでもなく、独り言を呟く。
「美しいものを、持て余すのは、罪ですか?」

風が肌をすべり、ヒグラシの声が降り注ぐ。
標高数百メートルの山が、気高く見える。

「罪ではないですよ。内なる自然です。」

ひかれたまむしが、ひからびてる。
汗をかぎつけたヤブ蚊が、隙を伺ってる。

「満天の星空のもと、眠りについた日を、覚えてますか。」

息づかいが、はっきり聞こえてきた。
色濃くなった夜に、溶け込んで行く。

「隙だらけのあなたが、魅力的なんです。」

こんな呟きを、風船にのせて、舞い上げる。
あの人に、届くだろうか。

2015・8・23















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by 17444432 | 2015-08-23 20:59 | 日常 | Trackback | Comments(0)

名前。

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吾輩の名前は、昇太である。
同居人が勝手につけたのである。

彼は吾輩の事を、「ノボきち君」とか「のぼさん」とか、いろんな呼び方で話しかけてくるんだ。
まぁ、呼ばれれば面倒くさいなぁと思いながらも、時々「なんだよ〜?」と振り返ったりもする。

ノボ吉はお腹が減ると、「飯の用意をしろ!」と話しかけてくる。
僕とは対等と思っているから、なかなかでかい態度をとる。

僕が彼の名前を呼ぶようになってから、そろそろ7、8年たつのかな。
いろんな呼び方が生まれてしまったのは、愛情の裏返しなんだなぁと思っている。

最近久しぶりに、何て呼ぼうか考える事があった。
新しく作った器の名前をどうするか?
なかなかいいアイデアが浮かばなかったけど、何か生まれる感じがした。

「太郎」とか「一郎」みたいな聞き慣れてはいるけれど、古風な感じ。
気配を消して、見慣れた風景に溶け込む、希薄な存在を表す名前にしたかった。

夕方、降り始めた雨が、かき消してしまう前に鉛筆で書き留めた。
「墨手飯碗」

ノボ吉が飯碗を枕に眠ってる。
どんな夢を見ているのやら。

2015・8・19















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by 17444432 | 2015-08-19 21:23 | 日常 | Trackback | Comments(0)

八月のある日。

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暑い日が続く。

こんなに暑さに弱かったのかと、驚いて
日に何度も、両手で水をすくい、顔を洗う

井戸の水で生活をしているから、雨が降れば恵みの水だなと思う。
そんな大切な水を、両手ですくっても、隙間からこぼれ落ちてゆく。

こぼれ落ちた手のひらに、茶碗を一つ。
人は、いつの日からか茶道と称して、旅を始めた。

その道すがら、見立てと称して、道草を食う。
見立てる事の、豊かさ、美しさ。

水がこぼれ落ち、何も無くなった両手の中に、透明な碗を見つける。
そして、利休がその碗に茶を点てる。

透明な碗を、茶碗に見立てる。
その瞬間から茶道の所作が、想像を孕んだダンスになって行く。

2015・8・7













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by 17444432 | 2015-08-07 22:18 | 日常 | Trackback | Comments(0)

夏が始まる。

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夕方。

草刈り機のエンジンを止めると、ひぐらしの鳴き声が、一気に押し寄せた。
風が、汗をかいた肌をすべり、田んぼの中を走って行く。

痩せこけて、群れをなした四匹の野良犬が、山の中に消えて行った。
夜が足元まで来ている。

夏が来たんだ。
又、暑くなるんだ。

2015・7・23











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by 17444432 | 2015-07-23 21:14 | 日常 | Trackback | Comments(0)

7月のある日。

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先日、お茶の水のギャラリーに出かけた。

表参道にあった「大坊珈琲店」が、一日だけ開店するという催しがあった。
小雨の降る中、大坊さんが珈琲を淹れている空間は、暖かく、静かでした。

そんな大坊さんを見ているうちに、学生時代の光景が蘇って来ました。
「ルパン」という、カクテルbarの大人の扉を開けていた、うぶな自分。
そんな子供を、暖かく迎えてくれたバーテンダー。

カウンターに座っては、背伸びをした質問を投げかけていました。
その中で、今でも覚えている言葉があります。
「お酒を飲むのが好きだから、バーテンダーになったのですか?」
「う〜ん・・・・。そうだね、あえて言うならば、お酒にまつわる物語が好きなのかな。」
子供には、その答えの意味がよく分かりませんでした。

大坊さんは、珈琲を飲むのが好きなのですか?
又、聞いてみたくなる衝動を抑えて、美味しい珈琲を飲みほし、カップを置きました。

好奇心が、その人の背骨となり、動くことの所作を支える。
カクテルを作るために、シェイカーを振る。
珈琲を淹れるために、ネル袋にお湯を注ぐ。

それは、軽やかで繊細なダンスだと思う。

2015・7・8











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by 17444432 | 2015-07-08 21:43 | 日常 | Trackback | Comments(0)

梅雨の晴れ間。

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梅雨の晴れ間。
いくつかの展示会を見に、東京に出る。

秋葉原〜西荻窪〜目白〜六本木〜お茶の水〜秋葉原。
方向音痴であるため、道順の予習を前夜にした。
しかし、お茶の水は行く事が出来なかった。

それぞれの場所で作り手に会い、話をする。
作り手がいる事で、その空間がより濃密なものとなる。

決して器用に生きている人達ではなくて、どこかしこに綻びがある。
デコとボコ。
足りない回路を、優れたセンスがバイパスとして代替する、そんな人達です。

僕はその人達の背中を追いかける。
人は、自分の背中の姿を、その美しい生の姿を見た事が無い。

そんな魅力的な背中を追いかける僕自身、自分の背中を見た事が無い。
人の背中と、僕の背中。

美は乱調にあり。
そして、背中にあり。

2015・6・23









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by 17444432 | 2015-06-23 21:22 | 日常 | Trackback | Comments(0)

6月のある日。

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「トライ・ギャラリーおちゃのみず」の展示会が終わった。

今回の展示会は、貴重な経験になりました。
日本の陶芸が置かれている、流通経済の現状が一つ。
そして、自分が作る焼き物の、客観的な魅力についてが一つ。
その二つの今起きてる事を、考えるきっかけになりました。

中国や台湾の人が日本の焼き物を買って行く。
友人の展示会に行った時に、台湾から初日に買い付けに来て、
僕が行った時には、作品がなかったという経験があって、
友人と現状について話した事があったが、自分にもそんな事が起きるとは思わなかった。

そして、今回のメインテーマ。
「成長するということ。」

趣味ではなく、仕事として焼き物をしている以上、より多くの人が見に来てくれる作り手なる。
これは、結果論です。
でも、そのためには「僕自身が作り手として、成長すること。」これにつきるのです。

10年後、20年後、そして自分がこの世にいなくなった後の事よりも、
「今」の自分を柔軟に感じ、臆面もなくさらけ出す。
「野うさぎの走り」のような自由さ、柔軟さ、軽快さ、それがすべてだと感じます。

人は成長しなくても、正しく生きていけます。
それでも、少しでも成長したいと思う事が原動力となり、危うくても生を繋ぐ事が出来る。
それも、真実だと思うのです。

展示会の慌ただしさの中、知らぬ間にトマトの苗が大きく空に向かって、成長していました。

「大きくなあれ。」

2015・6・13













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by 17444432 | 2015-06-13 21:47 | 日常 | Trackback | Comments(0)

お湯。

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こんな日も、鳥の声。
あんな日も、風の音。
そんな日も、陽の光。

こんな日も、お湯が沸く。









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by 17444432 | 2015-05-28 20:06 | 日常 | Trackback | Comments(0)

多忙な日々。

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来月の個展、企画展に向けて多忙な日々。
そんな中、アウトリガーについて考えている。

何もこんな時にと、自分でも思うがしょうがない。
こんなに長い時間考えている事は、最初で最後だと思う。

大袈裟に言うと、残りの人生の大きなテーマと思っている。

「形」にしたい。
「言葉」にしたい。
そして、人に伝えたい。

「誰にでもある、アウトリガーという心の形。」



















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by 17444432 | 2015-05-19 21:29 | 日常 | Trackback | Comments(0)